「選択」と「決断」からの気づきが今の仕事の根本になっています。原点が大事。

選択と決断は紙一重

20代の頃、永平寺の参禅に通ったことがあります。仕事で悩んでいる時にアドバイスを頂いたのは、大手企業の顧問伊藤さんです。(毎年頭の体操のための当時の共通一次試験を受けていた方です)座禅を組むことで気づくことがあると思うから、推薦しておくねと・・・。

伊藤さんは永平寺への参禅では常連さんで有名な方らしく、すぐに了解が得られ5泊6日の正法眼蔵の時期とも重なり行くこととなります。座禅も組んだことが無い自分がいきなり5泊6日の長期参禅となりました。(以前は推薦者がないと参禅できなかったと思います。今はわかりませんが・・・。)この経験が、後から大きな気づきとなり今に生かされています。

直面したのが、足が痛くて耐えるのが大変だったこと

仕事で参禅したわけではなく帰ることも出来ましたが、もう一回だけ座ろうそれが終れば帰ろうとか、もう一日だけ座ろう、といつの間にか5泊6日が過ぎた初心者にとっては痛いだけの座禅でした。曹洞宗は、壁に向かって座ります。窓の襖を開けると小川のせせらぎが聞こえます。心が澄んでいくそんな場所です。40分座禅を行い、10分の経行(キンヒン・・歩く座禅)を行い10分休憩、これを朝から夜まで行います。何十回座ったのか、痛いだけの初めての座禅でした。

しかし、たった一度だけ、風が身体を抜ける感覚になりました。とても、とても心地よくて・・・その時だけは、いつも長く感じている座禅が短く感じたのを覚えています。この中で何に気づいたのか?

それが、「選択と決断」ということだったのです

数回の参禅とのちに11月末から12月上旬にかけての臘八大摂心(ろうはつおおぜっしん)にも参加しました。その当時は10泊11日だったように記憶しています。普段は建物の最上階の参禅用の場所で行うのですが、この時だけは、修行僧の人達が使うお堂の外側の外単で黒い幕を張り、外界から遮断し、凍えるような寒さの中で座った懐かしい思い出です。

この参禅だけは、誰でもが自由に参加できる座禅ではなく、永平寺から許可が出ないと参加できない特別な参禅でもありました。この頃に、座禅にはまり、座布買いました。たしか、福井市にある西浦法衣店です。今でも元気にお店をされているようです。

参禅から学んだこと

自由に帰ることも出来た参禅でしたが、帰りたい自分と何とか最後まで続けたい自分との葛藤です。弱い自分と頑張りたい自分とどちらも自分ですが、その時、続けることと諦めることは、表裏一体、単純にどちらを選択するだけのことではないかと気が付いたことです。

何かを成し遂げている人は、続ける選択をし続けた結果なのではと思いました。表・裏、する・しない、自分事・他人事とても単純なことのように思えたのを覚えています。

やらされているのか?自分事なのか?

その後、会社に戻り仕事をし始めたときに会社からやらされているのか? 自分のこととして仕事をしているのか?と考えました。仕事は同じことをするのですが、この捉え方ですべてが変りました。無理やり仕事をさせられているわけではない。

自分自身が自分の足で会社まで通っている。それならば、やらされていると思うのはおかしいと思ったのです。すべては自分の事であると腹に落ちた時、ふっと感覚が変りました。すべては、自分の責任において何を選択したか、そして選択したことを100%の気持ちで行動する。このことだけではないかと思いました。まだ、部下がいない時でしたが、それから一気に営業成績が変り始めたのです。

このお話は、セミナーや研修を行う前に話したりすることがあります。参加者全員が、何かを学ぼうと参加しているのでありません。会社からの指示で受講している場合がほとんどです。もちろん受け身の気持ちであったり、やる気のなさそうな素振りを見せる人も・・・。

しかし、自分の足で受講している以上自分の事として捉えないと何も身につかないし、他の参加者の迷惑になります。だから、他の参加者の為にも自分の為にもこの大事な時間を真剣に過ごしてくださいと伝えてから研修やセミナーに入ります。参加者の顔つきが変わるこの瞬間がとても大事な一瞬だと思っています。

成績が上がり見えるものが変わる

会議で東京に行くことも増えて、他の地域のキャリアがあり実績のある先輩管理職と話す機会がとても楽しみでした。

エリアが違うため直接の利害が関係しなかったのも大きいとは思いますが、それぞれの情報交換も大事な自分のモチベーションとなり、より高みを目指すきっかけにもなっています。

組織マネージメントを行っていた

新しい考えを聞き、地元に持ち帰り、導入の仕方を考えて、自分でやってみる。修正しながら、社内に合う新たな形に変形させていく、組織マネージメントをいつの間にか行っていました。

地域性やオフィス環境、個々の個性などで、他では上手くいっているが、ここでは通じないことなど、何度も何度も体験から学んだのは大きい経験学習の成果となり、今にも生かされています。メンバーが1人増えただけでも環境は変わります。言い換えると他支社にライバルがいるようなイメージで仕事をしていました。この頃から部下が付きました。この部下の池田君を育てたことが、次のステップに上がるきっかけとなっています。

新入社員の快進撃

新入社員で物覚えが悪かった池田君が快進撃で結果を出していく、年末には表彰でハワイに招待されるなどこの大変な育成経験が自信となったのも大きな変化だと思います。人を育てていくことの難しさはありますが、やりがいとなり、より良い組織を作ることに興味が出始めたのもこの頃だったように思います。

個人の数値を意識して結果を出すのも楽しいですが、組織としてみんなで結果を出すことの面白さもこの頃にわかるようになってきたように思います。そこからマネージメントという言葉を意識して、本屋さんに通うのですがその当時インターネットは、まだあまり普及していなくて本屋さんでの情報が大半を占めるものでした。

windows95が発売され世界観が変る

まもなくWindows95が発売されました。この頃は、現場指導を中心としたロワーマネージメント分野を実務で多くの体験していく事になります。1年2年と過ぎ、池田君も落ち着きこの頃になると他部署の部下のサポートが増えていきます。他部署の部下も営業をサポートするために入ったりするのです。

自分の数字にはなりませんが、様々な個性の社員のアポイントをサポートすることで、自分のスキルアップになるという実感がありました。よくこんな個性的なお客さんを呼ぶことが出来たなーと、その当時のメンバーと話した思い出があります。忙しい時には、一日中サポートばかりとなりましたが、他の課のメンバーとのいい思い出であり、楽しい忙しさでした。

プレゼンテーションでの迷い

自分のプレゼンテーションのレベルというか、説得力ということ。プレゼン資料を作り変えたり、新たな資料を作成したりしたのもこの頃だったと思います。契約を決めに行く時の思いというのでしょうか? 仕事に対する思いというか? 相手に対する思いというか? 本気でプレゼンをするということを考えた時期でした。

最終的にプレゼンテーションの確立が、全国の目標アベレージの3:1(3プレゼンテーション:1契約、目標ですから全国平均ではとても達成できない数字)でしたが、自分自身では3:2の成約率を上げられるようになっていました。妙にプレゼンテーションに自信が持てた時だったように思います。この時の自分の気持ちですが、相手の為に提案すること。この一点だったように思います。

新たな部下の育成

男性の池田君は話しやすかったのですが、今度は女性の部下です。生まれた環境も育ちも違うし、男女の価値観の違いもある中で、どの様に接していけばいいのか? 信頼関係を築くには、どの様にしていけばいいのか?

入社の段階で、どんなモチベーションをもって入社したのかをよく話を聞いた覚えがあります。その当時、女性はずっと会社で働くという時代ではありませんでした。まだ、寿退社という言葉があったように思います。女性のモチベーションは? 何のために働くの? いかに毎日を充実した日に感じて働いてもらうのか?

「3人のレンガ職人」

そんな時に出会ったのが「3人のレンガ職人」というイソップの寓話です

このお話は、多くの有名経営者が社内の講和などで話をされています。また、ドラッカーも石切職人と言う題材で話しています。ただ言われたからレンガを積むのか? お金のために積むのか? 将来を考えみんなの憩いの場をイメージして積むのか? 同じことをしていても意味の持たせ方はそれぞれ違います。

この人の意味づけの能力が大切であり、どんな意味を持たせて働くのかで人の成長がハッキリと変ります。その意味は、自分自身で仕事なり生活の中で見出していかなければなりません。そんなことを考えて仕事をしていたなぁと振り返ると思いだされます。この「3人のレンガ職人」は、研修にも多く使われています。皆さんに知って欲しいお話しです。

「3人のレンガ職人」イソップ寓話から

有名なイソップの寓話から「3人のレンガ職人」をご紹介したいと思います。中世の時代のヨーロッパが舞台。完成までに100年掛かる大きな修道院の建設中のことです。町外れの道を歩いていると3人のレンガを積んでいる職人に出会いました。

一人目の職人に、「何をしているのですか?」と尋ねました。すると「見ればわかるでしょう。レンガを積んでいるんですよ。」と少し怒った口調で答えました。

二人目の職人に、「何をしているのですか?」と尋ねました。すると「レンガを積んで壁を作っています。賃金が良いのでここで働いています。」

三人目の職人にも同じことを尋ねると、彼はこう答えました。「私は後世に残る聖堂を造るためにレンガを積んでいます。こ聖堂は多くの人たちの心拠り所となるでしょう。私はこの仕事に就けて幸せです。」

一人目の男は「レンガを積んでいる」と答え、二人目の男は「賃金がいいのでここで働いている」と答え、三人目の男は「多くの人たちの心の拠り所になるでしょう。この仕事に就けて幸せです」と答えたのです。この時、三人の男たちにとってしている仕事は同じなのです。一日に何個のレンガを積むとか、工期までに自分の担当箇所を仕上げるとか。

しかし、「目的」は三人ともバラバラでした。一人目の男は、目的を持っていない。二人目の男は、生活費を稼ぐのが目的になっている。三人目の男は、歴史の一部に自分が関わり世の役に立つことが目的となっている。日常の仕事に置き換えてみると目標は、経営計画などで会社から与えられることが多いかもしれません。

「何のために」という目的の意味は自分自身で見出していくもの

それが期待出来なければ、社内風土に考えさせる環境が必要なのかもしれません。この意味を持たせる能力(意味づけの能力)はとても大切で、その人の成長に大きく関わります。働く意味は、本来は自分が意志を持って見出していくことから始まります。この物語を読んで、仕事にどのような意味づけをしようと考えましたか?

仕事に意味を持たせる

仕事の一つ一つに意味を持たせることができる社員が育つと会社は変わります。組織ブランディング、理念浸透戦略の大事な視点でもあります。ヒントは、日常の業務の中にあります!!しかし、なかなか気が付かないのも現実ですね。ご相談ください。

 

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