「持ち帰り残業」は労働時間か?

インターネットが普及してから随分経ち、さらにコロナ渦でその利用促進が一気に進んだことで、場所や時間を選ばずに仕事ができるようになりました。会社にいなくても仕事ができるということは、働き方の選択肢が広がったという素晴らしい側面と、会社を出てからも仕事ができてしまうことによる弊害の両方が発生しました。後者の例で最も多いのが「持ち帰り残業」です。

「持ち帰り残業」とは、自宅等に仕事を持ち帰り、会社の外で業務を継続することを指します。そこで問題になるのが、『持ち帰り残業は労働時間なのか?』という点です。労働時間であれば、労働の対価として賃金が支払われなければなりません。しかし、労働者が会社の許可なく独断でやっていたり、会社から「残業代を請求するな」とサービス残業とするように命じられていたり等、適正な賃金が支払われないケースも多いのです。前者の場合はともかく、後者の場合は労働基準監督署に申告すれば未払い残業代として請求できるはずと思いがちですが、そう簡単ではありません。そもそも「持ち帰り残業」が労働時間か否かについては学説上も争いがあり、判断も難しいのです。

1)そもそも「労働時間」とは

厚生労働省のリーフレット「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」には、以下のように書かれています。

重要なのは「使用者の指揮命令かに置かれている時間」という点です。この「指揮命令」をもう少し詳しく解説すると、以下の5つの要素により判断されます。

1)場所的な拘束(業務をやる場所は決まっているか?)  

2)時間的な拘束(何時に行う等の制限があるか?) 

3)態度・姿勢の拘束(どのような状態・環境で行うか?) 

4)方法・手順の拘束(業務遂行に具体的な指示があるか?)

5)監督的な拘束(上司の目が行き届く状況か?) 

 

「持ち帰り残業」を、上記5つの判断要素に当てはめて検討してみると以下のようになります。

1)場所的な拘束⇒ なし(どこで行っても良い)

2)時間的な拘束⇒ なし(本人の好きな時間に行える)

3)態度・姿勢の拘束⇒ なし(寝転がってもお酒を飲みながらでも良い)

4)方法・手順の拘束⇒ ない場合がほとんど(業務による)

5)監督的な拘束⇒ なし(会社の外で行われるため)

結論:「持ち帰り残業」は指揮命令下にあるとはいえず、労働時間ではない。

 

そもそも論ですが、会社が「持ち帰り残業」を命じること自体があってはならないことですし、そんな命令は無効です。ですから、労働者の側も「持ち帰り残業」を命じられても従う義務はなく、拒否すれば良いのです。しかし、実際はなかなか難しいですよね。「持ち帰り残業」をやらざるを得ない、でも労働時間とは認められないとすれば、労働者は泣き寝入りするしかないのでしょうか?

2)「持ち帰り残業」が労働時間として認められる場合とは

上記はあくまで法律論的な「原則」であり、例外もあります。ここで、最近の「持ち帰り残業」に関する判例を見てみましょう。

アルゴグラフィックス事件(東京地裁 令2.3.25判決).では、「持ち帰り残業」も労働時間であると認定されました。この事件では、労働者が会社から貸与された業務用のパソコンを自宅に持ち帰り、深夜・早朝に業務を行っていた時間についても「労働時間」として認定されました。会社側は「労働者自身の自由意思で行った」と主張しましたが、その意見は排斥されました。

ポイントは以下の2点です。

1)会社内での労働時間では終わらないような量の業務を指示されていた

2)会社が「持ち帰り残業」を黙認していた

 

また、以下のような行政通達があります。

「使用者の具体的に指示した仕事が、客観的にみて正規の勤務時間内に処理できないと認められる場合の如く、超過勤務の黙示の指示によって法定労働時間を超えて勤務した場合には、時間外労働となる」(昭和25年9月14日基収2983号)

※千里山生活協同組合事件(大阪地裁 平11.5.31判決)でも、同様の判断がされています。

よって、たとえ会社が「持ち帰り残業」を表向きは禁止していたとしても、客観的に見て、通常の労働時間では終わらないような業務量を与えていた場合は、「持ち帰り残業」が労働時間として認定される可能性があるので注意が必要です。

まとめますと、「持ち帰り残業」は、性質上は労働時間ではないが、事情により労働時間と判定される場合がある、ということになります。会社に求められる対応は、労働者が抱えている業務量をしっかりと把握し、「持ち帰り残業」をしていないか随時確認を行い、適正な業務量となるよう調整することです。

そもそも、労働者が会社に無断で「持ち帰り残業」をしなければならないということは、労働者が上司に自身の業務量過多について相談できる環境が整っていないことの象徴であり、組織として健康な状態とは言えません。健康的な組織づくりのため、報連相しやすい環境を整えていきましょう。

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