『千と千尋の神隠し』を現代の会社に置き換えたら、、、
スタジオジブリ作品の中でも、
「千と千尋の神隠し」は、「不思議な世界の冒険談」として語られることが多い作品です。
けれど大人になって、
特に会社・組織・会議という視点で見直すと、
この物語は驚くほどリアルな「現代の会社で起きていること」を描いていると感じます。
目次
異世界に迷い込む千尋 = 会社に入った私たち
物語は、千尋が突然、異世界に迷い込むところから始まります。
これはそのまま、
新卒で会社に入ったとき
異動・配置換えをされたとき
M&Aや組織変更のあと
の感覚とそっくりです。
「ここはどこ?」
「ルールがわからない」
「何をすればいいの?」
気づけば周囲は忙しそうで、
誰も丁寧には教えてくれない。
会社とは、多くの人にとって“異世界”なのです。
名前を奪われるということ
油屋で働くために、千尋は契約を交わします。
その瞬間、彼女は「千尋」という名前を奪われ、「千」になります。
これを会社に置き換えると、
とてもわかりやすい構図が見えてきます。
名前ではなく「役職」で呼ばれる
「君はこの担当だから」と役割だけを与えられる
数字や評価だけで判断される
いつの間にか、
その人が何を考えているのか、何を大切にしているのかは
見られなくなっていきます。
名前とは、単なる記号ではありません。
その人の背景、想い、価値観、物語です。
名前を奪う会社は、
人から「自分で考える力」を静かに奪っていきます。
油屋は「成果至上主義の会社」
油屋は、とにかく忙しく、効率と利益が最優先です。
文句を言う暇はない
言われたことをやれ
逆らう者は排除される
湯婆婆は典型的な恐怖と支配で組織を動かすトップです。
短期的には回ります。
でも、そこには余白がありません。
余白がない組織では、
相談は生まれず
意見は出ず
失敗は隠され
人は「自分を守ること」にエネルギーを使い始めます。
カオナシは、会社でよく見る「あの人」
カオナシは、実はとても象徴的な存在です。
誰かに認めてほしい
役に立ちたい
でも、どう関わればいいかわからない
だから、
過剰に与える
空気を壊す
暴走する
会社でも見かけませんか?
問題を起こす社員。
扱いづらい社員。
でも多くの場合、
問題は本人ではなく、承認と対話の設計不足です。
千尋が成長した理由
千尋は、決して「優秀な人材」ではありません。
怖がりで、泣き虫で、要領もよくない。
それでも彼女は成長します。
なぜか。
それは、
名前を呼んでくれる人がいたからです。
釜爺が仕事を教えた
リンが仲間として接した
ハクが「千尋」という名前を思い出させた
彼らは、千尋を「役割」ではなく「人」として扱いました。
会議がある場所で、人は自分を取り戻す
興味深いのは、
千尋が変わっていく場面には、必ず対話があります。
一方的な命令ではありません。
恐怖でもありません。
話す。聞く。考える。
会社で言えば、それは会議です。
ただし、
報告だけの会議
詰めるだけの会議
正解が決まっている会議
ではありません。
名前が呼ばれ、意見が尊重される会議です。
名前を呼ぶ会社は、人を強くする
最終的に千尋は、
自分の名前を思い出し、元の世界に戻ります。
これは「逃げた」のではありません。
自分で考え、選び、行動できる人になったということです。
会社も同じです。
名前を奪う会社には、指示待ちの人が残る
名前を呼ぶ会社には、自走する人が育つ
結論:会社とは何のためにあるのか?
『千と千尋の神隠し』を
現代の会社に置き換えると、こう言い換えられます。
会社とは、成果を出す場所である前に、
人が“自分の名前を取り戻す場所”であるべきだ
会議が楽しい会社では、
人は話し、考え、前に進みます。
その積み重ねが、
人を育て
組織を変え
結果として数字をつくる
私は、そう信じています。

